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病院案内

病院概要

名 称 喜多医師会病院
所在地 〒795-8505
愛媛県大洲市徳森字小鳥越2632-3
TEL 0893-25-0535
FAX 0893-25-0465
開設者 一般社団法人 喜多医師会
管理者 院長 住元 巧
診療科目 内科、循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、血液内科、感染症内科
外科、放射線科、リハビリテーション科、脳神経外科、心臓血管外科
病床数 一般病床 169床 / 療養病床 38床
施設概要 9,379.39(平方メートル) / 建築延面積 9,819.15(平方メートル)

沿革

地理
喜多医師会病院は大洲市徳森小鳥越に所在し、愛媛県中予地区の西部、大洲市及び喜多郡のほぼ中心部に位置します。

医療地域
~すぐれた地域医療をめざして~

設立当初、旧大洲六万石の藩領をその医療圏と目標といたしました。
旧大洲藩の藩領は飛び地を含め、伊予市砥部町、久万高原町へと広域に渡り、地理的関係から松山医療圏を指向する傾向にあります。
そこで、医師会病院では、八幡浜・西予市を含めた医療圏の高度先進医療機関を目指しております。

地域の医療史~先進的な医療関係者の輩出~
大洲地方には古代巨石文化の遺跡が多数散在し、大洲盆地の東に聳える神南(神奈備)山の麓には神話時代の医薬の神様・少名彦命にまつわる伝承が多く残され、記紀の語る神話以降の大国主、少彦名二神の足跡を辿ることが出来ます。
菅田大竹の地は少彦名命終焉の地として藩政時代より尊崇を集めています。
また、大洲に生を受けたものは近江聖人中江藤樹を忘れることはできません。藤樹は優れた陽明学者であると共に類希な医学教育者でした。彼の元に入門した医学徒の為に自ら中国や日本の万巻の医書を読み、弟子一人ひとりに適した医学書を著して与えました。
大洲藩は、四国に於て最初にオランダ医学をとり入れた藩でした。徳川家光の時代にオランダ商館付医官として来日したカスパル・スハムブルヘルの門人河口良庵、及びその弟子鎌田良球の二人のオランダ外科医を擁しました。又、杉田玄白の弟子鎌田玄台明澄や華岡青洲の高弟鎌田桂洲正澄らを輩出し、度々、人体解剖が行われる等、大洲は西日本におけるオランダ医学の中心地として輝かしい時期がありました。幕末に於ては、シーボルトの最後の弟子三瀬諸淵や、ドイツの名医フーフェランドの診断学を翻訳し「扶氏診断」として出版した山本致美等多くの医学者を出しました。

喜多医師会病院の設立
かかる医学的背景をふまえて、1983年、当時の日本医師会長武見太郎博士の指導を受けて喜多医師会病院が設立され、次いで1989年、内山病院の開設によって1医師会立2医師会病院という全国的にも特異な医師会病院となりました。

昭和55年 初頭 喜多医師会病院設立の建議。
昭和58年 6月 喜多医師会病院開設。(許可122床)
昭和62年 12月 第2期病院増改築工事。(許可病床240床)
平成11年 8月 地域医療支援病院の承認。

病院理念

私たちは患者さんの立場に立ち、地域の医療を支援する病院として、地域の皆さんに質の高い医療を提供します。

基本方針

患者さんの権利を尊重し、信頼、満足していただける医療の推進に全力を尽くします。

医療機関相互の連携を図り、地域の皆さんが安心して健やかに暮らせる医療機関の実現に努力します。

常に研鑽に努め、質の高い医療の提供を目指します。

患者の皆さんの権利

常に人間としての尊重される権利。

いつでも質の高い医療を公平に受けることができる権利。

検査や治療、看護の内容及び病状経過についてわかりやすい言葉で説明を受けることができる権利。

十分な説明と情報を得て、納得の上、自分の意思で医療を選ぶことができる権利。

個人的な秘密が守られる権利。

医療従事者と協力し、積極的に医療に参加できる権利。

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